胃カン痛・胃痛・心窩部痛
概念
胃カン痛とは心窩部付近の疼痛を指す。【素問】の「胃カンは心に当たりて痛む」【景岳全書】の「心腹痛」【寿世保元】の「心胃痛」など肺カン痛のことである。病因と病理機序から、虚痛・気痛・熱痛・寒痛・お痛・食痛・虫痛などに分類できる。古代医書にみられる「心痛」「心下痛」などには胃カン痛も含まれることが多いが、「真心痛」と区別する必要がある。「真心痛」は左胸部の発作性の強い疼痛で、錐で刺すような痛みや胸部のつまるような苦悶感を呈し、疼痛は左肩甲から上腕内側に放散するので「心痛徹背」と形容される。重篤な場合は、【霊枢・厥痛】に「真心痛は手足は清(ひ)えて節に至り、心痛甚だしく、丹(あした)に発して夕(ゆうべ)に死し、夕に発して旦に死す」と記されているとおりである。(心筋梗塞に相当する)。予後・治療法ともに胃カン痛とは明らかに違うので、混同してはならない。【傷寒論】の大結胸証の「心下痛」も心窩部の疼痛であるが、病邪の性質と病変部の範囲が異なる。大結胸証風寒の邪が裏に入って化熱し、水熱互結して生じ、疼痛部は心窩部から下腹部にわたるが、胃カン部は内傷の雑病でみられることが多く、上腹部に限局している。
弁証分型
@脾胃虚寒の胃痛
心窩部の持続性の鈍痛・食欲不振・摂食量が少ない・水様性の嘔吐・抑えたり温めると楽になる。・空腹時に疼痛が増し食後に軽減する・冷えると増悪する・寒がる・四肢の冷え・水様便・尿がうすく量が多い・疼痛は増減しながら数年を経過することがある・重症では吐血や血便をみる・舌質は淡で嫩・舌辺に歯痕がある・舌苔は薄白で滑・脈は沈遅あるいは濡弱。気虚があきらかなときは、顔色につやがない・痩せる・倦怠感・食欲不振・摂食量の減少・甚だしい時は下腹部の下墜感・慢性の泥状便・脱肛などがみられる。
治法
温養脾胃
黄耆建中湯加減 補中益気湯 附子理中湯 帰脾湯
A寒邪犯胃の胃痛
強い上腹部痛・温めると軽減する・痛むときに悪寒をともなう・つばやよだれが多い・口渇がない・熱い飲物を好む・舌苔が白・脈が緊。
治法
温胃散寒
良附丸加味 安中散
B肝火犯胃の胃痛
心窩部の強い灼熱性疼痛・圧痛・寒冷を好み温暖を嫌う・胸やけ・呑酸・口乾・口が苦い・甚だしい時は苦い液の嘔吐あるいは吐血や血便・いらいら・怒りっぽい・便秘・尿が濃い・舌質が紅・舌苔が黄・脈が弦数
治法
泄熱解鬱
清熱解鬱湯加減 竜胆瀉肝湯 左帰丸
C胃陰虚の胃痛
心窩部の灼熱性鈍痛・口や唇の乾燥・飢餓感・胸やけ・空腹感があるが食べたくない・乾嘔・吃逆・甚だしい時は嚥下困難や嘔吐・便が硬い・舌質が紅で乾燥・舌苔が少ないあるいは無苔・脈が弦細あるいは弦細数
治法
和胃益陰
麦門冬湯合一貫煎加減 芍薬甘草湯合麦門冬湯 竹葉石膏湯 養胃湯
D肝気鬱血の胃痛
心窩部の膨満感が強くて痛む・疼痛が両脇に放散する・胸苦しく痞塞感がある・溜息が多い・食欲不振・摂食量が少ない・曖気・呑酸・嘔吐・スッキリと排便できない・舌苔は薄白あるいは薄黄・脈が弦。
治法
疏肝理気・和胃
柴胡疏肝散加減 大柴胡湯 四逆散合半夏厚朴湯
E血おの胃痛
上腹部の張りで刺すようなあるいは切り裂かれるような固定性の痛み・圧痛・吐血・テール便・舌質が紫暗あるいはお斑がある・脈が渋。
治法
活血化お・通絡
失笑散 桂枝茯苓丸 血府逐お湯 通導散
F食滞の胃痛
上腹部の膨満感と疼痛・圧痛・腐酸臭のある曖気・食物のニオイを嫌う・悪心・嘔吐・吐くと疼痛が軽減する・すっきりと排便できない・舌苔が厚膩・脈が滑。
治法
消食導滞
保和丸加減 枳実導滞丸 小承気湯加木香・香附子
【文献】
【医学正伝:胃カン痛】【寿世保元:】【雑病源流犀燭:胃痛】